では、山の手の北側から湧水の状況を見ていこう。
北部では京浜東北線沿いの上野から東十条にかけて本郷台の崖下に見られる他、神田
川沿いにも見られる。このうち文京区小石川にある「極楽水
ごくらくすい
」(写真1)は、「江戸名所
記」にも登場していて、江戸時代から知られた東京を代表する名水といえる。その起源
は約600 年前「伝通院」を創建した了
りょう
誉
よ
上人
じょうにん
が開山した際、女性に姿を変えた竜が上人に
仏教の教えを請うたところ、上人が丁寧に答えた報恩として与えられたものと伝えられ
ている。この水は約 10 年前の水質検
査では、都心の地下水としては欠点
のない名水であるという結果であっ
たが、その後周囲には高層マンショ
ンが建設され、現在は「小石川パー
クタワー」の管理下で大切に保存さ
れている。しかし、取材に訪れたと
きは渇水期のためか、湧水は干上が
って流れていなかった。
また「極楽水」から春日通りをは
さんで西側の斜面下の伝明寺にも観
音水と呼ばれる湧水があった。伝明
寺は別名藤寺と言い、三代将軍家光の頃に開基したとされる歴史ある寺で、観音水も藤
寺の湧き水として地元の人に愛されてきたが、春日通り沿いで工事が行われた際、水道
みずみち
が変わり、平成3年には完全に涸渇してしまった。このあたりは昭和41 年まで茗
みょう
荷
が
谷
たに
町
と呼ばれていて、江戸時代は小石川台地と小日向台地の間の浅い谷に、茗荷畑が多かっ
たことに由来するものと言われており、現在も営団地下鉄丸の内線の駅名としてその名
残を残している。
神田川沿いには、おとめ山公園の湧水や結婚式場として有名な椿山荘の敷地内に「古
こ
香井
こうせい
」と呼ばれる湧水が残っている。
中部では渋谷川(古川)沿いに湧水点が見られる。このうち最も内陸に位置するのが
明治神宮御苑内にあり、かつての加藤清正の屋敷跡にあることから「清正の井」(写真2)
と呼ばれている湧水である。このあたりは淀橋台を流下する渋谷川の枝沢の谷頭にあた
り、この湧水も渋谷川の源泉の1つと考えられる。湧き水は「清正の井」の名のとおり、
木枠に囲まれた素朴な井戸であるが、自噴しているため木枠よりこぼれ出ている。井戸
の底には玉砂利が敷かれ清涼感に満ちている。しかし、すぐそばには「都合により飲用
を禁止します。」の立て札がたっていて、都心に残された数少ない湧水も汚染が進んでい
ることがわかる。周囲は神宮の木々がうっそうと茂り、武蔵野の原生林にいるような錯
覚に襲われるが、日曜日ともなると原宿付近で若者たちの楽器を奏でる音が聞こえてき
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写真1 極楽水