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以下にかつて池、沼が存在していた地域について説明する。
①溜池と古川池(図28、写真28、29)
この地域は、皇居の南側、赤坂の旧溜池
付近と、芝公園の南を流れる渋谷川(古川)が南
に流れを変える麻布一の橋付近である。この付近
の震度は5強~7を示す地域であることがわかる。
この地域に共通する特徴として、台地を刻む河川
が海へ出る少し手前に、沼や池があったことであ
る。江戸前島のような海岸線には砂州ができやす
く、そのため多少地盤が高くなる。すると内陸から流れてきた河川がそこで流れを緩く
して、いわゆる後背湿地を形成し、沼ができやすくなる。このような場所では、ただで
さえ砂や泥が堆積した軟らかい地層ができやすく、地震の際によく揺れる。その沼や池
を埋め立てると緩い埋め立て地層が加わり、さらに軟らかい地層を厚くすることから、
揺れを一層大きなものにしている。東京にはこうした場所が随所にあったはずで、ほと
んどが埋め立てられ、現在池として目にできるのは上野公園脇の不忍池ぐらいである。
②大池(神田川周辺、図29、写真30)
皇居北側の山の手台地に地震の揺れが大きい地域がある。神田神保町から水道橋にか
けての地域で、当時、平川が洪積台地を削ってできた谷が、丸の内谷から日比谷、大手町、
神田神保町、水道橋へと続いていた。それに沿って、沖積層が厚く堆積している。震度
6強~7の地域はまさにこの埋没谷に沿っている。その中でも特に震度が高い神田神保
町から水道橋にかけは「大池」と呼ばれる沼地であった。現在この一帯の町名は千代田
区三崎町、西神田で、かつての池の名称を継承する町名は見あたらない。
図26 江戸とその自然地形
21)
図27 1460年頃の東京の地形
22)
(原図は正井泰夫「筑波大学地球科学系
人文地理学研究」IV(昭和55年)による)
震度 記号 住家全潰率
5弱以下 5- 0.1%未満
5強 5+ 0.1%以上1%未満
6弱 6- 1%以上10%未満
6強 6+ 10%以上30%未満
7 7 30%以上
表4 関東地震の住宅全潰率
と震度との関係
22)