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・永代橋
永代橋が架橋されたのは、元禄11年(1698)8月であり、長さ110間(約200m)、幅
3間余(約6m)、また隅田川で最も下流で、江戸湊の外港に近く船手番所が近くにあ
り、多数の廻船が通過するために橋脚は満潮時でも3m以上あり、当時としては最大規
模の大橋であった。橋上からは「西に富士、北に筑波、東に上総、南に箱根」と称され
るほど見晴らしの良い場所であったと記録に残る。しかし、文化4年(1807)年8月
19日深川富岡八幡宮の12年ぶりの祭礼日に詰め掛けた群衆の重みに耐え切れず、落橋
事故を起こした。橋の中央部よりやや東側の部分で数間ほどが崩れ落ち、後ろから群衆
が次々と押し寄せては転落し、死者は実に1,500人を超え、史上最悪の落橋事故と言わ
れている(図26)。
この事故について、大田南畝が狂歌を書き残している。
「永代と かけたる橋は 落ちにけり きょうは祭礼 あすは葬礼」
写真24 1912年完成の旧新大橋 写真25 現在の新大橋(黄色)
図26 富岡八幡宮祭礼永代橋崩壊の図
20)
1807年8月19日に崩壊が発生し死者1,500人余と記録されている。